2010年02月06日

bar bossa ツイッター始めました

遅ればせながら始めました。一日一回お店のことを書きます。
https://twitter.com/bar_bossa
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2010年02月01日

2月のバルキーニョはノーチャージ月間実施!

2月のバルキーニョはノーチャージ月間を実施いたします!ドリンク・お食事代のみでご利用いただけますので、まだご来店いただいたことの無い方もどうぞこの機会にぜひご利用くださいませ!(ライヴの日はライヴチャージが発生いたします)

また、2月4日(木)は初のDJイベント『サンバランソ!』を実施いたします。落ちついた雰囲気でさまざまな切り口のブラジル音楽を聴きながらくつろいでいただけるイベントです。こちらももちろんノーチャージで楽しんでいただけます!

2月4日(木)
サンバランソ!(DJイベント)
絵野澤綾
加賀知行
松崎展久
haraguchic(Samba-Nova,communication!)
open 20:00
no charge + 要オーダー
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2010年01月31日

2月11日はカルナヴァル!

毎年恒例のSAUDE! SAUDADE... のカルナヴァルが近づいてきました! みんなで盛り上がって不況なんてぶっ飛ばそう!
詳しくはこちら↓
http://blog.livedoor.jp/artenia/archives/51788391.html
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2010年01月29日

B+2、ちょっと変わります

これからコラムの方は各店舗のHPの方に移行いたします。
このブログはこのままお知らせ掲示板的役割として継続いたしますので、これからもチェックして下さいね。
またB+2でイベントを出来たらなんて話もしております。楽しみにしていてください。
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2009年12月18日

お一人様のことと、次にやってみたい仕事のこと

 bar bossa 林 伸次 http://barbossa.com/


 どうしてバール・ボッサはお一人様お断りにいたったのか、今回は正直に書いてみます。

 実は私は「どんな人の話しでも何時間でも聞いていられる」という特技があります。それも無理して我慢して聞くのではなく結構楽しんで聞けます。

 思うに、どんな人の人生でもそこには何かしら面白味があるものなんですよね。事務職OLさんでも、ガチガチの銀行員でも、ゆっくりと話を聞いているとみなさんすごく面白い人生や価値観があったりするものなんです。そういうのをじっくりと聞くのって私は好きなのでこのバーテンダーという職業って向いているなあと思っていました。

 しかし、しかしですね、みなさんも理解していただけると思うのですが、人間ってどんな人にも「何故かこの人だけは生理的にあわない」っていう人がいると思うんです。で、まああたりまえですけど、お客様にもそういう方がホントたまにいらっしゃるんですね。まあ、私の場合はめったにいないんですけど。

 で、開店当初なんですが、そういう「個人的にどうしてもあわない」という方がお一人いらっしゃったんです。でもまあ、私はバーテンダーという職業を選んでしまったんだし、このお店で家族を養っていこうと考えていたので、我慢してずっとその方とは普通にお付き合いしていたんです。でも、ある日のことでした。その方がいらっしゃると精神的に追いつめられてしまって動悸が激しくなって立っていられなくなっちゃったんです。これは困ったなあ、ということになり、「どうしよう。もうお店やめようかな」とかまで考えたのですが、いややはりお店を一番に考えようということになりました。

 実はその問題の方はちょっとしたトラブルがあって2度とうちには来ない方になりました。で、またこういうことがあると困るなあということで、それからは「お一人の方とは距離を置く」という作戦に出ました。質問されてもそのことだけしか答えなかったり、忙しそうなフリをしてあまり近づかなかったりという感じです。でも、これってお店としてどうだろう、と思いますよね。お客様としては楽しもうと思って来ているのに、妙によそよそしいバーテンダーがいたらイヤなお店ですよね。その時期にお一人でバール・ボッサに来店して不快な思いをさせた方は本当に申し訳ありません。そういう事情だったんです。ここで深く謝ります。

 それでまた、どうしようかなと悩んでいたところに、ちょっとここでは書けないようなお一人様の事件が2回続いたんです。で、本当に悩んだのですが、「よし、もうお一人様はお断りにしよう」ということで今に至っております。

 この「お一人様お断り」について陰で悪く言われたり、ネットで批判されたりしているのも知っているのですが、そういう事情なんです。許して下さい。

                  ●

 このまま終わると暗いので、ちょっと前向きな話し。

 私は今年で40才です。今まで20年間働いてきました。まあ60才くらいまでは生き残れそうなので、あと20年間はどうやらまだ働きそうです。そうか、まだまだ色んな仕事をやれそうだな、なんて考えるわけです。
 で、最近思うのは「なんかこうもっと地に足がついた仕事をやりたいなあ」ということなんです。

 1年くらい前は「農業をやってみたいなあ」と思い、何冊か本を買ってシュミレーションをしてみました。で、わかったのは「ちょっと自分には農業は向いていないな」ってことでした。土とか汗とかは大丈夫なのですが、腰を曲げた体勢が多そうなのとか、実はビニールハウスとかの大工仕事が多そうなのとか、地元の農家の人達とがっちりと仲良くならなくてはいけないのとか、なかなか不得意分野だらけなんです。

 別の仕事を考えてみますと、この間テレビをみていたら知的障害を持った人達といっしょにおでんを売るお店をやっているという山形の人が紹介されていました。「ああ、こういうのもやってみたいなあ」とも思いました。

 あるいは、地雷除去をする仕事とかって今の私にはとてもロマンティックな仕事に感じられます。誰かの悪意や殺意をただ黙々と削除する行為。決して歴史には残れないし英雄にもなれないけど、誰かの未来は確実に救える仕事。まあ地雷除去に関しては私は技術がないから無理なのですが…

 だから、エリート・コースを捨てて、長崎でおそうめんを作っている井崎君って、今となっては羨ましい存在です。あ、井崎君のおそうめん、おいしいですよ。是非、買ってみて下さい。

 ちょっとずれるかも知れないのですが、日本語教師になって、外国人に日本のことを説明するのなんて良いかもなあ、なんてことも思っています。

 そんな夢の話を妻にしたところ、「突然、すべてを変えるんじゃなくて、現在の状況で出来るようなことをまずやってみれば」と言われました。

 以前、こんな事件がありました。ある週末のすごく忙しいときにこんな電話がかかってきたんです。
「はい、BAR BOSSAです」
「あのーちょっと質問なのですが…」
「はい、どうぞ」
「そちらは車椅子の人は行っても大丈夫ですか?」

…ええと、ちょっと待って。うちは入り口も段差があるし、トイレもすごい段差がある。車椅子が動き回る場所もなければ、置いておく場所もない。うーん、どうしよう…、なんて考えていると客席の方ではお会計の合図をしている…

「ええと、うちはちょっと車椅子の方は無理かも…」と答えてしまいました。彼女、とても寂しそうに「そうですか」と言って電話は切れました。

 それを本当にずっと後悔しているんですよね。何かもっと色んな対応の仕方はあったのではないのか、と。彼女は雑誌かネットか何かでBAR BOSSAの情報を見てくれて、「ワインとボサノヴァか。今度渋谷に買い物に行ったときにちょっと寄ってみようかな」なんて考えて、そして何度も深呼吸をして、BAR BOSSAのダイヤルを回したのかも知れない。それを私は「うちはちょっと…」で断っちゃったんです。

 その事件がすごくトラウマになっているのを妻は知っているので「じゃあ例えば、日曜日は車椅子の方の日とかにしてライブとワインを楽しんでもらったりすれば」なんて提案してくれたわけです。

 ああ、そういうのも出来そうだな、と考えているところです。

 ちなみにこういう発想って若い頃は偽善的に思えてすごく嫌っていました。そしてこれを読んでいる人の中には「林、なんか変な方向に行ってるなあ」なんて感じている人もいると理解できます。しかし、やはり年をとったのでしょうか、「自分がこれから死ぬまでの間にこの世界で出来る仕事って何だろう」って考え始めるんですよね。「今死んでしまったら、渋谷でボサノヴァのバーをやってた人で終わるんだな…」って。

 ところであなたは今の仕事で満足していますか? せっかく生まれてきたんだから、何か確かなことをしてみたいなと思いませんか?

 何か良い仕事のアイディアがあれば教えて下さい。ちなみにワード、エクセル出来ません。重い物も持てません。人に頭は下げられます。
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2009年12月10日

天気予報

marcos-valle_previsao-do-tempo.jpg

barquinho ヒガシノリュウイチロウ http://barquinho.biz/

 先月ホベルト・メネスカルについて書いた時にちらっと触れましたが、今月はそろそろマルコス・ヴァーリについて書いてみようかな。正直、マルコス・ヴァーリは好きな作品が多すぎて何から書いたらいいかとても難しいのですが、やっぱり大好きなアルバム『プレヴィザォン・ド・テンポ』を中心に書いてみましょう。
 マルコス・ヴァーリの曲はボサノヴァを聴いていれば、必ず耳にしているはずで、僕もボサノヴァを聴き始めたばかりのころから大好きでした。ほんとにおしゃれな曲ばかり書くアーティストだなぁと思っていたし、歌声もジョアン・ジルベルトや、アントニオ・カルロス・ジョビンに比べるとポップで聴きやすかった。これは主に彼の初期の2枚や、アメリカ向けの『Samba68』のイメージですね。
 さて、僕がボサノヴァを聴き始めた頃はCDで入手できるマルコスのアルバムは限られていたので、それ以降のマルコスのアルバムで聴くことができたのはボンバからリリースされていた1981年の『ヴォンターヂ・ヂ・ヘヴェール・ヴォセ』くらいでした。このアルバムはマーヴィン・ゲイの『アイ・ウォント・ユー』の実質的作者リオン・ウエアやシカゴが参加したメロウ・ソウル・テイストのアルバムで、初めて聴いた時、初期の作品とのギャップに少し違和感があったことを覚えています。(『アイ・ウォント・ユー』は大好きだったのですが、当時はマルコスにボサノヴァを期待しすぎていたのですね)
 そしてその後少ししてからブラジルで再発されていたマルコスの『ムスタンギ・コル・ヂ・サンギ』『ガーハ』そして『プレヴィザォン・ド・テンポ』の3枚組ボックスを聴いた時には、『ヴォンターヂ・ヂ・ヘヴェール・ヴォセ』とは違う独特のサウンドに驚愕しました。特に『プレヴィザォン・ド・テンポ』に…。巷では「水中クンバカ・ジャケ」と呼ばれているこのアルバム。(呼ばれてないか?!…)そのジャケ写の奇妙さと同じくらいに内容もぶっとんでいて、これを聴かずにマルコスを語っていたということは『サージェント・ペパーズ』を聴かずにビートルズを語っていたようなものじゃないかと思うくらいに衝撃的なアルバムだったのです。
 なにがカッコいいって、アルバム全体を流れる70年代初期的なアナログサウンドが最高にカッコいいんです。そう、このアルバムが発表された1973年といえば、スティーヴィー・ワンダーが傑作『インナーヴィジョンズ』を発表した年。『プレヴィザォン・ド・テンポ』は『インナーヴィジョンズ』に呼応するようなエクスペリメンタルな響きで満ちています。特に12曲中9曲でバックを務めるアジムスのジョゼ・ホベルト・ベルトラミが弾くアープ・シンセサイザーとハモンド・オルガンのサウンドが秀逸。マルコス自身が弾くローズも気持ちいい!楽器の音質についてはこの時代だけに偶然作り得たものかもしれないけれど、その偶然さえもがこのアルバムを特別なものにしていると言えるでしょう。もちろんセンスのよいフレージングあってのものですが。
 ああ、好きなアルバムを語って止まらなくなってきたので、勢いで全曲解説を書いてしまいます。

1「フラメンゴ・アテ・モヘール」
リオの名門サッカークラブ“フラメンゴ”を讚えた応援歌。バックを務めるのはヴィニシウス・カントゥアリアが在籍したロック・グループ、オ・テルソ。ハモンド・オルガンとクイーカが同居するエレクリック・サンバ。ラフな女性コーラス隊も雰囲気を盛り上げます。

2「ネン・パリトー、ネン・グラヴァッタ」
どことなく「ア・デイ・イン・ザ・ライフ」のポールのパートを連想させるロックナンバー。ベルトラミのシンセがうなりはじめる。

3「チーラ・ア・マォン」
グニョグニョしたシンセと反復するリズムが脳髄をマッサージするようなサイケデリックなナンバー。ジャケ写の世界を表現しているよう。

4「メンチーラ」
ワウワウギターとホーン・セクションが心地よいファンキーなこの曲はクラブでも大人気。アジムスのタイトなリズムセクションにも注目。

5「プレヴィザォン・ド・テンポ」
アルバムタイトル曲であるインストゥルメンタル。意味は「天気予報」。悲しげなオーケストレーションに絡むゆれるエレピ、泣きのシンセが渋い。

6「マイス・ド・キ・ヴァルサ」
ファルセットのマルコスが歌う正統的なワルツ。しかし、そこにからむスペーシーなアープが普通の曲にはしておかない。どんどんこのアルバムのディープな世界に連れてゆかれる不思議な曲。

7「オス・オッソス・ド・バラォン」
ヴァルテル・ブランコがオーケストラを指揮する、アルバム中では最も正統的なポップナンバー。

8「ナォン・テン・ナーダ・ナォン」
デオダート、ジョアン・ドナートとの共作。ミディアム・テンポのファンキーなナンバー。1974年のタンバ・トリオの通称『ブラック・タンバ』でカヴァーされています。(このアルバムも『プレヴィザォン・ド・テンポ』と同様のムードを持った素晴らしい作品)

9「ナォン・テン・ナーダ・ナォン」
8のリプリーズ・インストゥルメンタル。シンセ・ソロがカッコいい。

10「サンバ・ファタル」
オ・テルソがバッキングを務めるマイナー・エレクトリック・サンバ。ディストーション・ギターが登場。

11「チウ・バ・ラ・キエバ」
言葉遊びのような淡々とした曲。美しいラスト前に置かれた小品の趣。

12「ヂ・ヘペンチ・モサ・フロール」
マルコスはファースト・アルバム『サンバ・ヂマイス』でドゥルヴァル・フェヘイラの「モサ・フロール」を歌っていますが、この「ヂ・ヘペンチ・モサ・フロール」はその続編のような曲でしょうか。とにかく“はかなげ”で美しく永遠に聴いていたい衝動に駆られます。エレピのバッキングと印象的なベース・サウンドが曲をひっぱり、時折ギターが少しだけアルペジオを添えるシンプルなバッキング。テンション・コードが美しいエレピのソロ、そしてフェイド・アウトするウネウネシンセがリスナーを天国に連れていく神曲でアルバムを終えます。

ということで『プレヴィザォン・ド・テンポ』を聴いた事無い人は絶対聴いてくださいね。もちろんリクエストがあればバルキーニョでもお聴かせいたします!
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2009年12月01日

今年も豊作、いい音楽

gary music.jpg
Bar Blen blen blen 宿口豪 http://www.blenblenblen.jp

寒いよ!

てか今年は暖冬ですって、よかった。

今年も残すところあと1ヶ月。’00年代も終わりですね、早ぇーな、全く。

こないだ21世紀に突入したばっかりと思ってたらもう2010年ですよ。
キューブリックが想像した2001年の世界はまだまだ当分先ですね。
藤子不二雄の方がよっぽど冷静に時代を読んでいたのかもしれねーな。

さて、そんなことはさておき、皆さん今年もCDいろいろ買いましたか?

僕は買いましたよ、ええ。

ブラジル盤のCDはまあ毎年ある程度の量は買っているワケでして。
今年は国内盤のリリースも少なく、「ブラジルもの少ないジャーン?」みたいな声を多く聞いたのですが、実は結構リリースされていたんですよ、ビックリすることに。

ラティーナClaro新宿ディスク・ユニオンスパイラル大洋レコードによく顔を出す人はご存知でしょうが。

案外いい作品多かったんスよ。

ということで、その私的ランキングは12/20(日)発売の月刊ラティーナ1月号に掲載して頂ける予定なので是非チェックしてくださいネ!

そして同日のJ-WAVE ” Saude!Saudade…”もよくチェックだぜ。

そう、2009年ブラジル・ディスク大賞の結果発表なのですね。
今年の1位はなんだろな。うーん、気になる。

さてブラジルものもよかったが、他も案外よかったぞ。

今年も僕は結果的にエレクトリックな音の12インチ・シングルを中心にいっぱい買いましたが、やっぱりいいモノ多かったな。

何がと言うと〜、う〜ん、どれもタイトルとアーティスト名が出てこない。。。なんだそりゃ。。。
スゲーかっこいいものがいっぱいあったんだけど、「コレ!」って名前が出てこないなあ。

なんか21世紀に入ってからそんなことばかりだ、僕は。

例えば、90年代は「トライブやべー!」とか「ロニ・サイズ超やべー」とかガツンとくる「今年の一発!」的なものがあったような気がするのだが。

自分も寄稿させて頂いた『クラブ・ミュージック名盤400』においても、「99年までのものはほとんど知ってるけど、それ以降のものはあまり知らないものが多い」って人が意外と多かったしな。

そういう時代になったのか、はたまた単純に自分が年をとっているからなのか。

まあどっちでもいいや。

相変わらずカッコイイ音源がリリースされ続けているコトだけは事実なのだ。

そしてまたバー・カウンター内がレコードに侵食されて、チカちゃんに「どうにかして!」とか言われたり、ゆーこちゃんにジャケをスコーンと蹴っ飛ばされたりしながらも、懲りずに明日もレコード屋へ向かうワケです、ハイ。


皆もCDやレコード買おうよ。
コピーばっかしてたらホントに音楽なくなっちゃうよ、知らないよ。


さて、音楽は時に奇跡的な何かを僕に返してくれる。


この間ド暇だった11月のある日の出来事。

お客さんが常連さん1人しかいなくて、リクエストによりエレクトリック音楽をガンガンかけ倒していたのですよ。

12インチをバンバン繋いで1時間半くらいお祭り騒ぎ、たった3人で。(普段はブラジル音楽をかけてるんですよ、念のため)

MIXするのも疲れてきたから、僕の大好きなロンドンの某テクノ系アーティストのMIX-CDでもかけようと思ってCDをセットしたら、その直後に店のドアが開き、なんとご本人登場(笑)。

ウソみたいだよな〜。

ちなみに彼は「エリス・レジーナ、オネガイシマス!」、「ジョルジ・ベン、オネガイシマス!」みたいな感じでテンションが上がっていき、後半はゲイリー・バーツで踊ってた。

楽しかったなあ。
これだからバーはやめられませんよ。

“Music is my sanctuary”なのダ。
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2009年11月10日

関西人の視点と、カルロス・アギーレのことと、良い夫婦の日のパーティのこと(ちょっと長過ぎ)

  http://barbossa.com/ bar bossa 林 伸次

 妻に言わせると、私は「女性のことをよくわかっているように見せて、本当のところは全然わかっていない奴」なのだそうです。

 実際、今までの人生の中で「友人として親しくしていた女性」に突然「おもいっきり無視、絶交状態」になったことが3回あります。妻にそのことを言ったら「わかるなあ」ということでした。

 そんな私ですから、バーテンダーとして接客していて、女性のお客様を泣かせてしまったことが今までに3回あります(ゴウさんと東野さんは絶対にこんな失敗は犯していないと思います…)。

 1回目はこんな感じでした。いつもお一人で来るかなり綺麗な女性がいました。年の頃は30代前半という感じだったでしょうか。その方は綺麗なのに何故か良い恋愛に恵まれずいつも「良い出会い」を求めていました。そんな彼女がある日私にこんなことを言いました。「最近、うちの母親が『お見合いしないか』って言うんですよ。林さん、どう思います?」

 さて、質問です。みなさんならここでどう答えますか? 私はこう答えてしまいました。「ああ、お見合いですか。あれってなかなか面白い制度ですよね。昔の日本は実はお見合い結婚がほとんどだったんですよね。それはそれなりに日本の良い制度だと思いますよ。お見合い、良いじゃないですか。軽い気持ちで試してみたらどうですか?」

 って、軽い気持ちで言ったら、彼女、カウンターで泣き出しちゃったんです。「ええ〜、止めてほしかったの? そんなわかんないっすよ!」ですよね。

 2回目はこんな感じでした。あの、私、お付き合いが長いカップルに「お二人は結婚しないんですか?」と訊ねるのをライフワークとしているんですね。そういう誰かが背中をポンと押す作業ってしなきゃいけないと思っているんです。で、バーはお酒の席なので、そういうのもありかな、と思うんです。

 さて、いつもお二人で来店する、もちろん恋人達だとわかっているカップルが来ました。最近はお二人と冗談話しもするし、そろそろ言ってみようかなと思ってこう言いました。「お二人は、結婚とかそろそろ考えてはいないんですか?」

 すると、女性の方が突然泣き出しちゃったんです。「あ、ごめんなさい…、あの、あの」と私がオロオロしていると、女性がこう答えました。「私の方こそすいません。いや実は今ちょうど別れ話をしてたんです…」

 ええと、これは完全に私の失敗でした。ごめんなさいです。

 3回目はこんな感じでした。バール・ボッサ開店当時からの常連のお客様である田仲さんが新しい恋人である千春さんと来店しました。

 さて、千春さんは最近神戸から上京してきたばかりだったので、おもいっきり関西弁だったんですね。でも彼女は大きくて真っ黒な瞳が印象的で小柄で線の細い可愛い女性なんです。お仕事も子供服のデザイナーをされていて、雰囲気的にもクウネルのモデルとして出てきそうな感じなんです。

 で、私は彼女にこう言ってしまったんです。「あの、関西弁はやめて早く標準語にした方が良いと思いますよ。というのは東京の人達って、関西弁の人はお笑いの人みたいに面白いことを言う人とか、あるいはケチでガサツな人っていうイメージを持っているんですよ。でも千春さんはそんなイメージからは遠いタイプの女性なんで標準語の方が無難ですよ」。

 はい。で、その後、彼女が泣いちゃったんです。

 でも思うんですけど、「東京で関西弁をしゃべる人」に対して多くの人達が「お笑いの人」とか「ケチでガサツな人」というイメージを持っていますよね。この東京の人の感覚が偏見だというのはもちろん私もわかっています。関西に住んでいる人はほとんどが関西弁をしゃべり、その中には全然面白くない人もいれば、とてもお上品でスマートな人もいるのはもちろんなんですよね。

 もちろん東京人も「関西人にも色々ある」というのは理解しているはずなんです。でも、偏見とはわかりつつも関西人を軽蔑しているわけなんです。

 さて、私は四国の徳島という場所で生まれて育ちました。徳島はテレビは関西エリアのものを見ていますし、お好み焼きや笑いのセンスも含め、おもいっきり関西文化圏なんですね。だから私が徳島の言葉をしゃべれば東京の人は「あ、この人、関西弁だ」と感じるはずなんです。

 しかし、大阪や神戸の人からすると、徳島の関西弁はすごく訛っているように聞こえるわけです。ちょうど、群馬の人が関西に行くと「標準語の人」と思われるけど、東京から見ると群馬の人は「訛っているな」と感じるのと同じ関係なんです。

 だから私は関西文化圏で育って「関西人的メンタリティ」は理解できつつも、東京で関西弁は絶対に喋りたくないなという気持ちがとても強いんです。わかりますかね、この感じ。ちょっと違うかもしれないのですが、NYで生活している在日韓国人があんまり日本語を使いたくないような感覚と言えばいいのでしょうか。

 まあそういうわけで、私は関西文化というものに対してとても微妙な感情を持っているんですね。

 しかし、先日、ミーツ・リージョナルの別冊である「東京通本」という雑誌を手に入れて、「もしかしてこの現在の東京のイヤーな感じを救ってくれるのは関西人的感覚かも」と思ってしまったんです。

 この雑誌はただひたすら「関西人が見たところの東京の街の魅力」というのを紹介しているんですね。で、その切り取り方がいかにも関西人という切り口で、江古田とか武蔵小山とか野方とか幡ヶ谷とか、もう普通はないでしょ、というような街ばかりを紹介しているわけです。

 で、そんな街の魅力的なお店をどんどん紹介しているわけなんですが、その紹介の仕方がなんだかとても愛にあふれているんです。

 あの、例えば東京の雑誌がレトロ系の喫茶店を紹介したら「なんか昭和な感じが落ち着くよね〜。ゆるゆる〜最高〜」って感じですよね。あるいは変なメニューばっかりがある個性的なおじさんがやっている食堂なんかが紹介されたりすると「街の不思議おじさん発見(笑)」といった感じでしょうか。わかりますか、なんかこう上から目線なんですよ、東京の雑誌は。

 しかし、この雑誌の関西人の視点はとても愛があるんです。あ、ほんとにこの街とこのお店とこの人が好きなんだなと伝わってくるんです。

 まあ私が指摘するまでもなく、最近はインターネットというものが後押しして「全国民評論家時代」ですよね。それらの多くがなんだか「上から目線」でイヤだなってずっと思っていたんです。

 あのですね、私も友達と「あの作品は駄作だね」とか「あの店は不味いよ」とかは普通に言ったりするんですけど、公の場では発表しないんですよね。

 バール・ボッサにもよく来ていただいている豊崎由美さんが「誰かの作品を批判するときは、その人の作品を全部読んでいる必要がある」と言ってたそうなんですね。それ、わかるんです。批判するって結構責任重大なんですよね。例えば、日本料理を全く食べたことない外人に「●●というお店で刺身定食を食べたけどおいしくなかった」と言われると「?}じゃないですか。でも、在日20年で日本語もペラペラで毎週のように一人あたり2万円の和食を食べている外人なら批判しても納得ですよね。

 なんて言うんでしょうか。何かの作品やお店を批判するにはそれなりの責任が必要だと思うんですね。でも、なんかちょっと最近それがずれてきているように感じているんです。そしてインターネットの場合はそれを匿名でやるというのがさらに「?」なんですよね。

 そんな「なんかイヤーな感じ」をこの雑誌は吹き飛ばしてくれるんです。

 小田実の「オモニ太平記」という名著があるのはご存じですか? あ、小田実の愛のある視点は関西人ならではだったんだな、と再確認したところです。

           ●

 先日、カルロス・アギーレのことをブログで書いてから色んな人たちに「いや実は僕もカルロス・アギーレ大好きで」と言われています。あ、Vila Kitocoさん、吉本さん、CD−Rありがとうございました。

 カルロス・アギーレすごいです。誰に聞かせても「すごい!」と言います。この間はイースト・ワークスとイントキシケイトの高見さんがいる時にカルロス・アギーレをかけました。高見さん、相当酔っぱらっていたのですが、「林さん、これ誰? すごく良いんだけど」と言いました。その後、高見さんは30分くらい眠ってしまって、目を覚ました後、また「林さん、これ誰? すごく良いんだけど」と言ったんです。その時、横にはコンボピアノの渡辺琢磨さんがいたのですが、「林さん、高見さんがこんなにいうことめったにないですよ。これ、絶対にいけますよ」と言ってくれました。あ、高見さんは中島ノブユキを世に出した「日本のクリード・テイラー」と呼ばれている人です。

 カルロス・アギーレ、もうすごすぎて、ちょっとコラム書いてみました。興味ある方はどうぞです。

           ●

 11月22日の良い夫婦の日のパーティ、まだ空きはあります。結婚している人ももちろん参加できますので。山本のりこさんの演奏、すごく良いですよ。目の前で見れるのなんてめったにないですよ。あと基本的には飲み放題ですしカイピリーニャやモヒートもありますので、「飲みたい!」という人もどうぞです。
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2009年11月05日

太陽、塩、南 〜 ホベルト・メネスカル

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barquinho ヒガシノリュウイチロウ http://barquinho.biz/

 「いかにしてボサノヴァ/ブラジル音楽にたどりついたか」シリーズ、まだまだ続けます。今回は弊店barquinhoの元ネタであるボサ・スタンダード曲「O Barquinho」の作曲者ホベルト・メネスカルについて。

 ボサノヴァを聴き始めた頃アントニオ・カルロス・ジョビンは別格として、「この曲はお洒落なコード進行だな」と思う曲はほとんどがホベルト・メネスカルかマルコス・ヴァーリ作曲のものでした。そして彼ら二人の代表曲の多くはリオ・デ・ジャネイロの夏を歌ったもので、いわゆる「太陽、塩、南」路線と言われるものだったのです。(「太陽、塩、南」はメネスカルと作詞のホナルド・ボスコリの曲「Rio」に出てくる歌詞。メネスカルはボスコリと多くの名曲を作っています。)僕はいまだにボサノヴァの中でもこの路線の曲が一番好きで、ヴィニシウス・ヂ・モライスの哲学的な世界と同じくらいに、「太陽、塩、南」の青春路線は普遍的なものだと思っています。ちなみにこの路線をジャケット、収録曲、アレンジ、歌声全てでパーフェクトに表現しているアルバムはワンダ・サーの『ヴァガメンチ』でしょう。そう、このアルバムのタイトル曲「ヴァガメンチ」はメネスカル&ボスコリの曲ですし、アルバムのプロデュース自体がホベルト・メネスカルなのです。

 メネスカル&ボスコリは「O Barquinho」「Rio」「Vagamente」の他にも「Ah!, se eu pudesse」「A morte de um deus de sal」「Telefone」「Tete」「Voce」など多くの曲を作っているので、ボサノヴァのアルバム、コンピレーションCD等で知らず知らずのうちにそのメロディが無意識に耳に残っているはず。メネスカルはボサノヴァ時代以降もギタリスト、プロデューサーとして重要なアルバムに参加し、ブラジル・フィリップス社の重役まで務めていました。有名なところではエリス・レジーナの全盛期のアルバム『コモ・イ・ポルケ』や『イン・ロンドン』でギターを弾き、アレンジもしていますし、ナラ・レオンの晩年のボサノヴァ期の多くのアルバムもメネスカルとの共演で実現したものといえます。

 と、ここまでメネスカル氏の功績について書いてきましたが、近年の活動はちょっと「あれ?」という部分無きにしもあらずというのが正直なところ。彼とカルロス・リラによる映画『ディス・イズ・ボサノヴァ』については、ボサノヴァ発生時のエピソードは楽しいし、リオの雰囲気を行った事のない人に味わってもらうには良い映画と思いますが「むむ。この人選はどうかな?」的な部分も否めません。ご自身のレーベルで多数制作している「○○をボサノヴァ的にアレンジしてみましたコンピ」等についてもなんだかなぁという気が…。でも、昨年来日された時に会いに行って「バルキーニョという店をオープンしましたのでサインちょーだい!」と言ったらちゃんと快く書いてくれたし、まーいいか(笑)。

 そうそう、先日バルキーニョで中村善郎さんのライヴがありましたが、その時ちょっとおもしろいエピソードをお聞きしました。なんでも以前メネスカル氏が来日した時に、中村さんがメネスカル氏の前で「O Barquinho」を歌ったところ「いいねぇ。それはいったい誰の曲だ?」と言ったそう。その瞬間横にいたレイラ・ピニェイロが大爆笑していたらしいのですが、まんざら冗談のような雰囲気でも無かったらしいです。中村さんは「よっぽど僕の演奏が悪かったのかなぁ。そんなことは無いとは思うのだけど」とおっしゃっていましたが、まさかそんなわけないですよね。なんかその適当な感じが憎めないし、やっぱりホベルト・メネスカルの曲が無かったら確実にボサノヴァは何割か魅力が減じていたと思うのです。
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2009年11月04日

11月8日はcomigo!

comigo.jpg
11月8日に日本のブラジル音楽人が大集合!!
詳しくはこちらへ!
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