2009年05月01日

村上春樹と『ミナス』

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barquinho ヒガシノリュウイチロウ http://barquinho.biz/

 音楽好きかつ活字好きな男子の御多分に洩れず、20代から30代前半にかけては村上春樹氏の小説に少なからず影響を受けました。しかし、様々な要因からここ十年くらい彼の小説から遠ざかっていたのですが、ここ最近、エルサレム賞での講演が話題になったり、『ノルウェイの森』が映画化されるということから、未読だった『スプートニクの恋人』や『海辺のカフカ』などを読み、『ノルウェイの森』や『風の歌を聴け』を再読したりしています。
 12年ほど前、村上朝日堂というホームページがあって、その中に村上春樹氏が読者からのメールに答えるというコーナーがあり、僕もなにげなく送ってみたのですが、なんと一度だけ本人から返事が来たことがあったのです。内容的には僕が、「村上さんの小説にはボサノヴァが少し出てきますが、他のブラジル音楽は聴かれますか?僕は最近ミルトン・ナシメントの『ミナス』にはまっているので強くおすすめします」的なことを書いたら、「ブラジル音楽は以前から好きで、『ミナス』は何度聴いても素晴らしい。バーデン・パウエルも素敵ですね」みたいな返事を送ってくれ、とても嬉しかったのを覚えています。
 さて、この『ミナス』というアルバム。僕は70年代MPBの金字塔と思っているのですが皆さんはどうお感じですか。僕がブラジル音楽、というかボサノヴァを真剣に聴き始めたのは1992年頃で、先の村上氏へのメールを書いた時期はそれから5年ほど経過していました。当時は今ほどボサノヴァの音源が豊富に巷に出回っていなかったものの、その5年間で主要なボサノヴァのアルバムは大体聴き終わっていましたし、もちろん、ミルトン・ナシメントも何枚かのアルバムは聴いていましたが、あまり強い印象が残っておらず、『ミナス』は聴いたことが無かったのです。そんな1997年、『ミナス』はブラジルでのリリース(1975年)から22年の時を経て初めて日本でリリースされました。当時僕は『ミナス』を聴いて、その完成度の高さ、深遠さ、そしてミルトンの作品中この作品がだけが持っているある種の“悲しみ”の感覚に打ちのめされました。ミルトンはビートルズの大ファンということですが、まさに『ミナス』にはビートルズの音楽が持っていたのと同様の“悲しみ”の感覚が宿っているように感じたのです。ちょうどその当時、私生活でいささかショッキングなことがあり、その心境と『ミナス』がシンクロしていて、それこそ毎日毎日聴き続けたものでした。
 村上春樹氏の小説にもビートルズ、そして『ミナス』と同様の“悲しみ”の感覚があると感じていたので、彼がすでに『ミナス』を聴いていたことは嬉しかったし、自然なことに感じられたのです。小説『ノルウェイの森』のあとがきで彼は“アテネの安ホテルの部屋にはテーブルというものがなくて、僕は毎日おそろしくうるさいタベルナに入って、ウォークマンで『サージャント・ペパーズ・ロンリー・ハーツ・クラブ・バンド』のテープを120回くらいくりかえして聴きながらこの小説を書きつづけた。そういう意味ではこの小説はレノン=マッカートニーのa little helpを受けている。”と書いています。『サージェント・ペパーズ』は僕の無人島ディスクの一枚だし、日本版CD『ミナス』のボーナストラックにはミルトンによる「ノルウェイの森」のカヴァーが入っています。僕は、バルキーニョに来られたお客さんとお話をしてロック好きだとわかった人にはまず「ミルトンの『ミナス』は聴いたことがありますか?」と尋ねることにしています。そして聴いたことが無いという方には『ミナス』をお聴かせしているのですが、その、一般的なブラジル音楽の認識からかけ離れたサウンドに驚かれる方が多いですね。ただし、『ミナス』をかけるのは深夜、ゆっくりお話できる時間帯に限らせてもらってます。軽くお酒を飲んで楽しみたい人にはちょっと重すぎる音楽だと思うので…。

posted by ベーマイストレス at 14:32| Comment(0) | ブログ