2009年10月10日

黒田恭一さんのこと、良い夫婦の日のパーティ

 bar bossa 林 伸次 http://barbossa.com

 黒田恭一さんが亡くなって4ヶ月になります。
 黒田さんは生前、バール・ボッサによく来店されていたので、その思い出を少し書いてみます。

 黒田さんが初めて私に声をかけてくれた言葉を今でもはっきりと覚えています。10年近く前のことなのですが、私がユニヴァーサルの「トム・ジ・ボッサ」というボサノヴァのCDのライナーを書いたことがありました。黒田さんはそれを読んでくれたみたいで、「あの文章を書いたのはあなたですか? あなたの文章は素晴らしいですね。あなたは文章を書く仕事をもっとやった方がいいですよ」と言っていただけたんです。

 「うわー、こんな大先生にこんな風にほめられるなんて」と私はとても嬉しかったのですが、黒田さんはその後がすごいんです。

 文化村の偉い人とか、出版社の偉い人とかを連れてきて(黒田さんと一緒に飲むくらいの人だからみんなすごく偉い人ばかりなんです)、その出版社とかの偉い人に「ほら名刺を出して出して」と催促して、「この林さんの文章、すごく良いから、ボサノヴァのことで何かあったらこの人に頼んで下さい」なんて言ってくれるんです。

 私はもちろん恐縮しっぱなしだったのですが(まだ20代でした)、なんか黒田さん、すごい人だと思いませんか?

 それでとにかくバール・ボッサのことも気に入ってくれたみたいで、仕事上の付き合いの人だけではなく、奥様や学生時代の友人とかも毎週のように連れて来店していただけるようになりました。

 黒田さんの思い出といえば、こういうこともありました。

 みなさんご存じのように、バール・ボッサのオーディオ装置って全然お金をかけていない、全く素人なものなんですね。で、オープン当初からお客様に「オーディオ、もっと良いのにした方がいいんじゃない?」とずっと言われ続けてきたんです。

 しかし、私はいわゆる「機械モノ」に全く興味がなく、車とかPCとか時計とかそういう男の子っぽいものに対して全く興味が持てないんです。「いやー、オーディオに50万円かけるんなら50万円分のレコードを買いたいなあ」なんて思うタイプなんです。
 
 →あのー、ごめんなさい。そういう「機械モノ」に興味がある人を否定しているわけじゃないんですよ。それはそれで立派な趣味だと思うんです。本当に。でも自分はどうも違う人種なんです。基本的に何かに病的にこだわっている人はすごく好きです。

 さてある日のこと、カウンターに座った二人組のお客様がこう話しているのを耳にしてしまったんです。「いやー、このお店の音、ひどいね」「(この店主は)たぶん良い音っていうのを聞いたことないんだよ」。どうですか? なかなか傷つく言葉ですよね。

 で、もしかしてわかっていないのは私だけで、お客様のほとんどが「ひどい音だなあ、不快だなあ」と思っているのかもしれない、と考え始めたのです。だとしたらお店にとってマイナスです。

 さて、黒田さんはオーディオもとても詳しい方として有名です。ですからこれは黒田さんに相談して、もし可能ならオーディオに関するアドヴァイスを受けたり、そういう業者を紹介してもらおうかなと思ったわけです。

 黒田さんが来店したときにこう言ってみました。「あのー、黒田さん、うちのオーディオの音ってどう思いますか?」「え? 良いんじゃないんですか」と黒田さんが驚いた顔で答えました。そこで私は「いや、お客様に『音が良くないからオーディオを変えろ』ってよく言われるんですよ」と言ってみました。すると黒田さんはちょっと怒ったような表情になって「そんなことをいう人は、このボッサさんのお客じゃないですよ。そんな言葉は無視しておけばいいんじゃないですか」って言ってくれました。

 これも黒田さんらしい言葉だと思いませんか?

 さてさて、ここからはいつもの私の文章のパターンなのですが、ちょっと重苦しくなります。

 私は以前、ヴィニシズモ(※)というフリーペーパーを作っていたことがありました。メンバーは伊藤ゴロー、サンクの保里正人、ヤンググループの土信田有宏、そして今は亡き伊藤愛子(ヲノサトルさんの奥様でボサノヴァ・オンラインの伊藤達之さんの実妹です)という今では考えられないメンバーでした。

 そのフリーペーパーで、「次号はクラシック特集にしよう」と決まりました(もちろんゴローさんのアイディアです)。そして、その企画の目玉は「ヴィニシズモが黒田恭一に会いに行く(Vinicismo visita Kurokyo)」というもので、要するにみんなで黒田さんに会いに行ってクラシックの面白さを教えてもらおうという企画だったわけです。

 私は黒田さんの名刺を持っていたので、黒田さんに手紙を書くことになりました。「実はこういうフリーペーパーをやっておりまして、次回はクラシック特集になりました。そこで是非、黒田さんに登場してもらってクラシックの魅力を語っていただけないでしょうか。そこで実は言いにくいのですが、ちょっと資金不足でして黒田さんにギャラが払えません。出世払いというのでどうでしょうか」という文章をもっと丁寧に書いて、投函しました。

 私は黒田さんからの連絡を今か今かと待っていたのですが、いつまでたっても返事は来ません。さらに、何ヶ月待っても黒田さん本人がバール・ボッサに来なくなったのです。それまでは2週間に一度くらいの割合で来てたんですよ…

 結局、黒田さんは2度とバール・ボッサには来てくれませんでした。私はいつか、黒田さんに何かのかたちでお会いして、あの時の非礼を謝ろうとずっと言葉を考えていました。しかし、その言葉は伝えられないままでした。

 今考えてみると、黒田さんの気持ちがすごくよくわかります。黒田さんはどの組織にも所属しないで、たった一人で文章を書くという仕事で生活をしていたんです。そしてバール・ボッサにはお客として、ちゃんとお金を支払って通ってくれていたわけです。黒田さんが文章を書くのがビジネスであれば、私がお店でお酒を出してお金をもらうのもビジネスです。そこに「仲が良いんだからタダでお願い」という甘えは許されなかったんです。

 これはフリーでやっていく人には「絶対に譲れないところ」なんです。

 中原仁さんという人がいます。中原さん本人もこのブログを読んでくれているので、ちょっと持ち上げているようで本人もそういうことを嫌がるのはわかるのですが、ちょっと書かせて下さい。

 この中原仁さんも黒田さんと同じようなスタンスをとっていて、いつも「ああ自分もマネしなきゃな」と思うことがあります。

 中原さんが企画したイベントがあるとします。そのイベントのフライヤー、私は郵便で送ってもらってもいっこうに構わないのですが、中原さんは必ずお客様として飲みに来て、ちゃんとお金を支払って、そして帰りに「これイベントのフライヤーなんですけど置いてもらえますか?」とおもむろに取り出す訳なんです。

 中原さんは、自分がやっていること(ビジネス)と私がやっているお店(ビジネス)との関係性をあやふやにしないようにしているんです。

 中原さんが何杯か飲んで、最後に、メガネに手をやりながら「そういえば林さん」とフライヤーの束をあの大きい鞄から出すとき、いつも私は黒田さんへの失礼な手紙のことを思い出して後悔してしまいます。

 黒田さんに天国で再会できたとき、うまく謝れればいいのですが…


 ※ヴィニシズモという言葉はもちろん造語で「ヴィニシウス主義=ヴィニシウスみたいに酒と女と文学と音楽を愛するような人生を送ろうぜ」という意味です。ハーバードを出た言語学専門のブラジル人にも「すごくかっこいい響き!」と絶賛された言葉です。いつでも再開する気持ちはありますので、興味のある人は声をかけて下さい。


 さてさて、お店の宣伝です。

 11月22日にバール・ボッサで小さいパーティを開きます。毎年恒例の南仏大岡さんのヌーヴォーと、ちょっとしたおつまみと、山本のりこさんのボサノヴァ・ライブです。

 色んな出会いがあればと思います。あ、男子独身者が少ないのでよろしくです。

 詳しくはこちらへ
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2009年10月03日

バーデン・パウエル

barquinho ヒガシノリュウイチロウ http://barquinho.biz/

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 このところ「いかにしてボサノヴァ/ブラジル音楽にたどりついたか」というテーマで書いていますが、今回はバーデン・パウエルでいきます。とはいうもののバーデンは日本の、いや世界のブラジル系ギタリストの中では圧倒的人気がある人なので僕なんかが紹介できることはとても限られているのですが。

 例によって個人的な思い出から始めます。以前ジョアン・ジルベルトのことを書いた時、1992年くらいからボサノヴァに本格的にのめりこんだと書きましたが、同時に弾き語りを学べる楽譜が無いかなと楽器屋に行って入手したのがギタリスト江部賢一さん著による『ボサノバ・ギター・ソロ・テクニック』というものでした。この当時は今のようにボサノヴァの弾き語りを主体とした楽譜は全く無くて、この本もバーデン・パウエル系のソロ・ギター譜でした。結局目的が違うこともあって、最後まで1曲もまともにソロ・ギターの曲を弾けることはありませんでしたが、巻頭に載っているそれまで弾いた事が無かったテンションコードのダイアグラムや、ボサノヴァ・バチーダのリズムパターン譜には大変参考になりました。10年前に東京に引っ越して来た頃、友人の紹介で江部賢一さんにお会いしたことがありますが、とても優しい感じの方で、無理やりお願いして「イパネマの娘」を弾いていただいたのを覚えていますが、バーデン・パウエル系の素晴らしい演奏でした。

 さて、楽譜だけではいまいちよくイメージできないので、また楽器屋でうろうろしていると今度はギタリスト佐藤正美さんが制作された『ボサ・ノヴァ・ギター』という教則ビデオが見つかりました。これまた練習曲がバーデン・パウエル系の「イパネマの娘」で、挑戦してみましたがテーマの部分までで挫折。結局弾き語りをマスターするには自分でコピーするしかないのかと、ジョアン・ジルベルトのCDを聴きまくって、耳コピーする日々が始まりました。

 というように当時日本でボサノヴァ・ギターというとバーデン・パウエルから逃れることは出来ない状況で、ジョアン・ジルベルト的弾き語りの教材が揃ってきたのは最近のことだと思います。しかも昨今はYouTube等でジョアンはおろかありとあらゆるブラジルのアーティストの演奏が観られるし、僕が始めた頃から考えると夢のような状況ですね。

 そうそう、これも紹介し忘れてはいけないのですがピエール・バルーが制作した『サラヴァ』という映画でもバーデン・パウエルは重要な役割を担っていました。これはフランス人ピエール・バルーが1969年にブラジルに旅して、様々なミュージシャンに会いにいくというドキュメンタリーですが、ここでピシンギーニャなどの重鎮との橋渡しをしているのがバーデン・パウエルなんですね。もちろん若き日のバーデンの貴重な演奏シーンも満載なので、ブラジル音楽ファンは必見といえる作品です。このビデオもブラジル音楽に出会った頃すり切れるくらい繰り返し観たものでした。

 かようにここ日本でブラジル音楽を聴いたり、ギターを弾いたりする上でバーデン・パウエルに全く触れずにいることは難しいともいえるのですが、個人的には彼の作品にスポットを当てると「あれ?」と思うことが少なくないです。もちろん全ての作品を聴いているわけではないのでなんとも言えないけれど、彼はギターを弾く事が目的で、あんまり録音に興味無かったのではと思ってしまいます。ものすごい鬼気迫る演奏のあとに、気の抜けるような本人のヴォーカルが入ってきたり、ナチュラルで聴きたいギターにすっごいきついディレイをかけてみたりと、ちょっと自己プロデュース的センスが無いのかなと…。あと、バーデンの作風はいわゆるカフェ的な響きとは最も遠いところにある作風で、とてもプリミティヴな雰囲気を持っていますね。実際バルキーニョでかけることはまれだったりしますが、個人的にはやはり天才だと思いますし、ワン・アンド・オンリーの存在だと思います。

 最後にバーデンのおすすめ作品をひとつあげるとするならば、やはりエレンコからリリースされた『ア・ヴォンターヂ』でしょう。1曲目に世界のギタリストに衝撃を与えた「イパネマの娘」が入っていますし、「ビリンバウ」「宇宙飛行士」「コンソラサォン」「サンバ・トリスチ」などの彼の作曲による代表曲も多く収録されているので、バーデンのというよりもボサノヴァの名盤の1枚だと思います。



 さて、本日からいよいよ『ブラジル映画祭2009』が始まりますね。映画を観に渋谷に来られた際にはぜひB+2各店へ。映画祭にちなんだオリジナルカクテルを用意してお待ちしております!あと、リオ・デ・ジャネイロ、オリンピック開催地決定おめでとう!
posted by ベーマイストレス at 06:05| Comment(0) | ブログ