2009年12月18日

お一人様のことと、次にやってみたい仕事のこと

 bar bossa 林 伸次 http://barbossa.com/


 どうしてバール・ボッサはお一人様お断りにいたったのか、今回は正直に書いてみます。

 実は私は「どんな人の話しでも何時間でも聞いていられる」という特技があります。それも無理して我慢して聞くのではなく結構楽しんで聞けます。

 思うに、どんな人の人生でもそこには何かしら面白味があるものなんですよね。事務職OLさんでも、ガチガチの銀行員でも、ゆっくりと話を聞いているとみなさんすごく面白い人生や価値観があったりするものなんです。そういうのをじっくりと聞くのって私は好きなのでこのバーテンダーという職業って向いているなあと思っていました。

 しかし、しかしですね、みなさんも理解していただけると思うのですが、人間ってどんな人にも「何故かこの人だけは生理的にあわない」っていう人がいると思うんです。で、まああたりまえですけど、お客様にもそういう方がホントたまにいらっしゃるんですね。まあ、私の場合はめったにいないんですけど。

 で、開店当初なんですが、そういう「個人的にどうしてもあわない」という方がお一人いらっしゃったんです。でもまあ、私はバーテンダーという職業を選んでしまったんだし、このお店で家族を養っていこうと考えていたので、我慢してずっとその方とは普通にお付き合いしていたんです。でも、ある日のことでした。その方がいらっしゃると精神的に追いつめられてしまって動悸が激しくなって立っていられなくなっちゃったんです。これは困ったなあ、ということになり、「どうしよう。もうお店やめようかな」とかまで考えたのですが、いややはりお店を一番に考えようということになりました。

 実はその問題の方はちょっとしたトラブルがあって2度とうちには来ない方になりました。で、またこういうことがあると困るなあということで、それからは「お一人の方とは距離を置く」という作戦に出ました。質問されてもそのことだけしか答えなかったり、忙しそうなフリをしてあまり近づかなかったりという感じです。でも、これってお店としてどうだろう、と思いますよね。お客様としては楽しもうと思って来ているのに、妙によそよそしいバーテンダーがいたらイヤなお店ですよね。その時期にお一人でバール・ボッサに来店して不快な思いをさせた方は本当に申し訳ありません。そういう事情だったんです。ここで深く謝ります。

 それでまた、どうしようかなと悩んでいたところに、ちょっとここでは書けないようなお一人様の事件が2回続いたんです。で、本当に悩んだのですが、「よし、もうお一人様はお断りにしよう」ということで今に至っております。

 この「お一人様お断り」について陰で悪く言われたり、ネットで批判されたりしているのも知っているのですが、そういう事情なんです。許して下さい。

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 このまま終わると暗いので、ちょっと前向きな話し。

 私は今年で40才です。今まで20年間働いてきました。まあ60才くらいまでは生き残れそうなので、あと20年間はどうやらまだ働きそうです。そうか、まだまだ色んな仕事をやれそうだな、なんて考えるわけです。
 で、最近思うのは「なんかこうもっと地に足がついた仕事をやりたいなあ」ということなんです。

 1年くらい前は「農業をやってみたいなあ」と思い、何冊か本を買ってシュミレーションをしてみました。で、わかったのは「ちょっと自分には農業は向いていないな」ってことでした。土とか汗とかは大丈夫なのですが、腰を曲げた体勢が多そうなのとか、実はビニールハウスとかの大工仕事が多そうなのとか、地元の農家の人達とがっちりと仲良くならなくてはいけないのとか、なかなか不得意分野だらけなんです。

 別の仕事を考えてみますと、この間テレビをみていたら知的障害を持った人達といっしょにおでんを売るお店をやっているという山形の人が紹介されていました。「ああ、こういうのもやってみたいなあ」とも思いました。

 あるいは、地雷除去をする仕事とかって今の私にはとてもロマンティックな仕事に感じられます。誰かの悪意や殺意をただ黙々と削除する行為。決して歴史には残れないし英雄にもなれないけど、誰かの未来は確実に救える仕事。まあ地雷除去に関しては私は技術がないから無理なのですが…

 だから、エリート・コースを捨てて、長崎でおそうめんを作っている井崎君って、今となっては羨ましい存在です。あ、井崎君のおそうめん、おいしいですよ。是非、買ってみて下さい。

 ちょっとずれるかも知れないのですが、日本語教師になって、外国人に日本のことを説明するのなんて良いかもなあ、なんてことも思っています。

 そんな夢の話を妻にしたところ、「突然、すべてを変えるんじゃなくて、現在の状況で出来るようなことをまずやってみれば」と言われました。

 以前、こんな事件がありました。ある週末のすごく忙しいときにこんな電話がかかってきたんです。
「はい、BAR BOSSAです」
「あのーちょっと質問なのですが…」
「はい、どうぞ」
「そちらは車椅子の人は行っても大丈夫ですか?」

…ええと、ちょっと待って。うちは入り口も段差があるし、トイレもすごい段差がある。車椅子が動き回る場所もなければ、置いておく場所もない。うーん、どうしよう…、なんて考えていると客席の方ではお会計の合図をしている…

「ええと、うちはちょっと車椅子の方は無理かも…」と答えてしまいました。彼女、とても寂しそうに「そうですか」と言って電話は切れました。

 それを本当にずっと後悔しているんですよね。何かもっと色んな対応の仕方はあったのではないのか、と。彼女は雑誌かネットか何かでBAR BOSSAの情報を見てくれて、「ワインとボサノヴァか。今度渋谷に買い物に行ったときにちょっと寄ってみようかな」なんて考えて、そして何度も深呼吸をして、BAR BOSSAのダイヤルを回したのかも知れない。それを私は「うちはちょっと…」で断っちゃったんです。

 その事件がすごくトラウマになっているのを妻は知っているので「じゃあ例えば、日曜日は車椅子の方の日とかにしてライブとワインを楽しんでもらったりすれば」なんて提案してくれたわけです。

 ああ、そういうのも出来そうだな、と考えているところです。

 ちなみにこういう発想って若い頃は偽善的に思えてすごく嫌っていました。そしてこれを読んでいる人の中には「林、なんか変な方向に行ってるなあ」なんて感じている人もいると理解できます。しかし、やはり年をとったのでしょうか、「自分がこれから死ぬまでの間にこの世界で出来る仕事って何だろう」って考え始めるんですよね。「今死んでしまったら、渋谷でボサノヴァのバーをやってた人で終わるんだな…」って。

 ところであなたは今の仕事で満足していますか? せっかく生まれてきたんだから、何か確かなことをしてみたいなと思いませんか?

 何か良い仕事のアイディアがあれば教えて下さい。ちなみにワード、エクセル出来ません。重い物も持てません。人に頭は下げられます。
posted by ベーマイストレス at 14:20| Comment(4) | ブログ

2009年12月10日

天気予報

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barquinho ヒガシノリュウイチロウ http://barquinho.biz/

 先月ホベルト・メネスカルについて書いた時にちらっと触れましたが、今月はそろそろマルコス・ヴァーリについて書いてみようかな。正直、マルコス・ヴァーリは好きな作品が多すぎて何から書いたらいいかとても難しいのですが、やっぱり大好きなアルバム『プレヴィザォン・ド・テンポ』を中心に書いてみましょう。
 マルコス・ヴァーリの曲はボサノヴァを聴いていれば、必ず耳にしているはずで、僕もボサノヴァを聴き始めたばかりのころから大好きでした。ほんとにおしゃれな曲ばかり書くアーティストだなぁと思っていたし、歌声もジョアン・ジルベルトや、アントニオ・カルロス・ジョビンに比べるとポップで聴きやすかった。これは主に彼の初期の2枚や、アメリカ向けの『Samba68』のイメージですね。
 さて、僕がボサノヴァを聴き始めた頃はCDで入手できるマルコスのアルバムは限られていたので、それ以降のマルコスのアルバムで聴くことができたのはボンバからリリースされていた1981年の『ヴォンターヂ・ヂ・ヘヴェール・ヴォセ』くらいでした。このアルバムはマーヴィン・ゲイの『アイ・ウォント・ユー』の実質的作者リオン・ウエアやシカゴが参加したメロウ・ソウル・テイストのアルバムで、初めて聴いた時、初期の作品とのギャップに少し違和感があったことを覚えています。(『アイ・ウォント・ユー』は大好きだったのですが、当時はマルコスにボサノヴァを期待しすぎていたのですね)
 そしてその後少ししてからブラジルで再発されていたマルコスの『ムスタンギ・コル・ヂ・サンギ』『ガーハ』そして『プレヴィザォン・ド・テンポ』の3枚組ボックスを聴いた時には、『ヴォンターヂ・ヂ・ヘヴェール・ヴォセ』とは違う独特のサウンドに驚愕しました。特に『プレヴィザォン・ド・テンポ』に…。巷では「水中クンバカ・ジャケ」と呼ばれているこのアルバム。(呼ばれてないか?!…)そのジャケ写の奇妙さと同じくらいに内容もぶっとんでいて、これを聴かずにマルコスを語っていたということは『サージェント・ペパーズ』を聴かずにビートルズを語っていたようなものじゃないかと思うくらいに衝撃的なアルバムだったのです。
 なにがカッコいいって、アルバム全体を流れる70年代初期的なアナログサウンドが最高にカッコいいんです。そう、このアルバムが発表された1973年といえば、スティーヴィー・ワンダーが傑作『インナーヴィジョンズ』を発表した年。『プレヴィザォン・ド・テンポ』は『インナーヴィジョンズ』に呼応するようなエクスペリメンタルな響きで満ちています。特に12曲中9曲でバックを務めるアジムスのジョゼ・ホベルト・ベルトラミが弾くアープ・シンセサイザーとハモンド・オルガンのサウンドが秀逸。マルコス自身が弾くローズも気持ちいい!楽器の音質についてはこの時代だけに偶然作り得たものかもしれないけれど、その偶然さえもがこのアルバムを特別なものにしていると言えるでしょう。もちろんセンスのよいフレージングあってのものですが。
 ああ、好きなアルバムを語って止まらなくなってきたので、勢いで全曲解説を書いてしまいます。

1「フラメンゴ・アテ・モヘール」
リオの名門サッカークラブ“フラメンゴ”を讚えた応援歌。バックを務めるのはヴィニシウス・カントゥアリアが在籍したロック・グループ、オ・テルソ。ハモンド・オルガンとクイーカが同居するエレクリック・サンバ。ラフな女性コーラス隊も雰囲気を盛り上げます。

2「ネン・パリトー、ネン・グラヴァッタ」
どことなく「ア・デイ・イン・ザ・ライフ」のポールのパートを連想させるロックナンバー。ベルトラミのシンセがうなりはじめる。

3「チーラ・ア・マォン」
グニョグニョしたシンセと反復するリズムが脳髄をマッサージするようなサイケデリックなナンバー。ジャケ写の世界を表現しているよう。

4「メンチーラ」
ワウワウギターとホーン・セクションが心地よいファンキーなこの曲はクラブでも大人気。アジムスのタイトなリズムセクションにも注目。

5「プレヴィザォン・ド・テンポ」
アルバムタイトル曲であるインストゥルメンタル。意味は「天気予報」。悲しげなオーケストレーションに絡むゆれるエレピ、泣きのシンセが渋い。

6「マイス・ド・キ・ヴァルサ」
ファルセットのマルコスが歌う正統的なワルツ。しかし、そこにからむスペーシーなアープが普通の曲にはしておかない。どんどんこのアルバムのディープな世界に連れてゆかれる不思議な曲。

7「オス・オッソス・ド・バラォン」
ヴァルテル・ブランコがオーケストラを指揮する、アルバム中では最も正統的なポップナンバー。

8「ナォン・テン・ナーダ・ナォン」
デオダート、ジョアン・ドナートとの共作。ミディアム・テンポのファンキーなナンバー。1974年のタンバ・トリオの通称『ブラック・タンバ』でカヴァーされています。(このアルバムも『プレヴィザォン・ド・テンポ』と同様のムードを持った素晴らしい作品)

9「ナォン・テン・ナーダ・ナォン」
8のリプリーズ・インストゥルメンタル。シンセ・ソロがカッコいい。

10「サンバ・ファタル」
オ・テルソがバッキングを務めるマイナー・エレクトリック・サンバ。ディストーション・ギターが登場。

11「チウ・バ・ラ・キエバ」
言葉遊びのような淡々とした曲。美しいラスト前に置かれた小品の趣。

12「ヂ・ヘペンチ・モサ・フロール」
マルコスはファースト・アルバム『サンバ・ヂマイス』でドゥルヴァル・フェヘイラの「モサ・フロール」を歌っていますが、この「ヂ・ヘペンチ・モサ・フロール」はその続編のような曲でしょうか。とにかく“はかなげ”で美しく永遠に聴いていたい衝動に駆られます。エレピのバッキングと印象的なベース・サウンドが曲をひっぱり、時折ギターが少しだけアルペジオを添えるシンプルなバッキング。テンション・コードが美しいエレピのソロ、そしてフェイド・アウトするウネウネシンセがリスナーを天国に連れていく神曲でアルバムを終えます。

ということで『プレヴィザォン・ド・テンポ』を聴いた事無い人は絶対聴いてくださいね。もちろんリクエストがあればバルキーニョでもお聴かせいたします!
posted by ベーマイストレス at 05:02| Comment(0) | ブログ

2009年12月01日

今年も豊作、いい音楽

gary music.jpg
Bar Blen blen blen 宿口豪 http://www.blenblenblen.jp

寒いよ!

てか今年は暖冬ですって、よかった。

今年も残すところあと1ヶ月。’00年代も終わりですね、早ぇーな、全く。

こないだ21世紀に突入したばっかりと思ってたらもう2010年ですよ。
キューブリックが想像した2001年の世界はまだまだ当分先ですね。
藤子不二雄の方がよっぽど冷静に時代を読んでいたのかもしれねーな。

さて、そんなことはさておき、皆さん今年もCDいろいろ買いましたか?

僕は買いましたよ、ええ。

ブラジル盤のCDはまあ毎年ある程度の量は買っているワケでして。
今年は国内盤のリリースも少なく、「ブラジルもの少ないジャーン?」みたいな声を多く聞いたのですが、実は結構リリースされていたんですよ、ビックリすることに。

ラティーナClaro新宿ディスク・ユニオンスパイラル大洋レコードによく顔を出す人はご存知でしょうが。

案外いい作品多かったんスよ。

ということで、その私的ランキングは12/20(日)発売の月刊ラティーナ1月号に掲載して頂ける予定なので是非チェックしてくださいネ!

そして同日のJ-WAVE ” Saude!Saudade…”もよくチェックだぜ。

そう、2009年ブラジル・ディスク大賞の結果発表なのですね。
今年の1位はなんだろな。うーん、気になる。

さてブラジルものもよかったが、他も案外よかったぞ。

今年も僕は結果的にエレクトリックな音の12インチ・シングルを中心にいっぱい買いましたが、やっぱりいいモノ多かったな。

何がと言うと〜、う〜ん、どれもタイトルとアーティスト名が出てこない。。。なんだそりゃ。。。
スゲーかっこいいものがいっぱいあったんだけど、「コレ!」って名前が出てこないなあ。

なんか21世紀に入ってからそんなことばかりだ、僕は。

例えば、90年代は「トライブやべー!」とか「ロニ・サイズ超やべー」とかガツンとくる「今年の一発!」的なものがあったような気がするのだが。

自分も寄稿させて頂いた『クラブ・ミュージック名盤400』においても、「99年までのものはほとんど知ってるけど、それ以降のものはあまり知らないものが多い」って人が意外と多かったしな。

そういう時代になったのか、はたまた単純に自分が年をとっているからなのか。

まあどっちでもいいや。

相変わらずカッコイイ音源がリリースされ続けているコトだけは事実なのだ。

そしてまたバー・カウンター内がレコードに侵食されて、チカちゃんに「どうにかして!」とか言われたり、ゆーこちゃんにジャケをスコーンと蹴っ飛ばされたりしながらも、懲りずに明日もレコード屋へ向かうワケです、ハイ。


皆もCDやレコード買おうよ。
コピーばっかしてたらホントに音楽なくなっちゃうよ、知らないよ。


さて、音楽は時に奇跡的な何かを僕に返してくれる。


この間ド暇だった11月のある日の出来事。

お客さんが常連さん1人しかいなくて、リクエストによりエレクトリック音楽をガンガンかけ倒していたのですよ。

12インチをバンバン繋いで1時間半くらいお祭り騒ぎ、たった3人で。(普段はブラジル音楽をかけてるんですよ、念のため)

MIXするのも疲れてきたから、僕の大好きなロンドンの某テクノ系アーティストのMIX-CDでもかけようと思ってCDをセットしたら、その直後に店のドアが開き、なんとご本人登場(笑)。

ウソみたいだよな〜。

ちなみに彼は「エリス・レジーナ、オネガイシマス!」、「ジョルジ・ベン、オネガイシマス!」みたいな感じでテンションが上がっていき、後半はゲイリー・バーツで踊ってた。

楽しかったなあ。
これだからバーはやめられませんよ。

“Music is my sanctuary”なのダ。
posted by ベーマイストレス at 00:51| Comment(0) | ブログ