2010年10月07日

2010年代のこと

bar bossa 林伸次 http://barbossa.com

 カルロス・アギーレとヘナート・モタ&パトリシア・ロバートと中島ノブユキに共通する何かが2010年代を解くカギのような気がします。それをちょっと言葉にしてみたいと思います。

 この3アーティストに共通する何かは「知的なワイルドさ」と「自分の立ち位置はしっかり理解していて、国境を簡単に越えられる自由さ」なのではないかと思うのです。

 説明します。

 例えば1990年代は乱暴に雑誌で例えると「ブルータス」だったような気がします。渋谷系の音楽があって、ブラジル音楽で踊ってワインをグルグルまわす感じです。雑誌ではなく90年代を代表するお店をいくつかあげたらわかりやすいのですが、色んな誤解がありそうなのでここでは書きません。想像してください。ちなみにbar bossaはこの90年代の感覚のお店に属すると思います。

 そして2000年代を乱暴に雑誌で例えると「クウネル」だったと思います。北欧家具があって、最小限のピアノ(ギターでも可)が静かに流れてて、草食系男子という言葉がある感じです。ここでも0年代を代表するお店をいくつかあげれば良いのですが、これまた誤解を生みそうなので想像してください。

 「だいたいなんで、キリスト生誕が起源の年号で10年で区切って日本の文化を語る必然性があるんだよ」と言われそうですが、もっともです。「90年代はもっと〜」とか「0年代はネットのことを」とか色んな意見ももっともです。それをマガジンハウスの雑誌で表現するのもわかりやすいからであって、他意はありません。でもまあ90年代はブルータスで0年代はクウネルというのに一応のって下さい。

 ところで最近、渋谷ってすごく外国人が多いんですよね。中国人、韓国人は増える一方ですし、オタクっぽいヨーロッパ人(まんだらけとかに)も増えているし、もちろん英語圏のアメリカ人とかオーストラリア人もたくさんいるし、やたら日本語のうまいロシア人女性とアフリカ人男性も増えてるんですよね。最近は裕福そうな東南アジア人観光客もよく見かけます。

 で、先日、bar bossaでこんなことがありました。電話がかかってきて「予約をしたいのですが」と言われたので、日時と人数とお名前を訊ねました。すると韓国人の名前だったので「在日韓国人の方かな?」と思ったら「今、ソウルからかけてます」とおっしゃるんです。これはbar bossaのこと「食事がない」とか「場所がわかりにくい」とか知っているんだろうか、と少し心配になり、「うちのことはご存じですか?」と聞くと「ホームページを見ましたから大丈夫です」ということですので、ちょっと不安になりながら当日を待ちました。

 時間通りにやってきた方は刈り上げで黒縁のメガネをかけて、大きいカメラを肩から下げた、でも裕福そうな男性(30代半ばくらい)と、お洒落で綺麗な髪の毛の長い女性(20代後半くらい)でした。彼女の方がワインに詳しいらしくリストからセンスのいいブルゴーニュとチーズの盛り合わせを注文されて、二人は楽しそうに飲み始めました。ワインが残り少なくなってきた頃のことです。その男性が突然カバンから指輪を取り出し、彼女に何かを良いながらプレゼントしました。彼女はとても感激したようで、もう涙を流しそうな勢いです。

 あ、そうか、私たちが海の見えるハワイのホテルのバーで指輪を渡したり、パリのちょっと良いビストロで渡したりするようなことを、この東京の渋谷の、自分のお店でやってくれたんだ、と私の方もなんだか感動してしまいました。

 この感覚なんですよね。これから本当にリアルな、TOEFL何点の世界ではない、現実的な国際交流(恥ずかしい言葉だけどこの言葉しか思いつかず)が始まると思うんです。そしてそれはもちろん、上の韓国人のように良い話だけではなく、もっとベタで不快なこともいっぱい起こると思うんです。

 そして、時にはきな臭い感情が持ち上がってきたりすると予想します。そんなとき、この3アーティストのようなスタンスが必要になってくるのではと思うんです。

 彼らは自由に国境を越えますが、自分の立ち位置は見失わないんです。そしてその越え方が0年代のように線が細すぎるわけでもなく、90年代のように内向きじゃなく、知的なワイルドさで軽く越えて、そして戻ってくるんです。

 「知的なワイルドさ」というのを説明するのに困っています。例えばこうです。彼は森に入ってきます。森は毒を持った虫や小動物もいれば、トゲがあるやぶもあり、道はなく進むのも困難です。しかし彼は進みます。何故ならその先には静かな湖があり、そこの前に立つと美しいメロディとハーモニーが生まれてくるのを知っているからです。

 さて、そんな2010年代を雑誌で例えると、うーんすいません。そんな雑誌は思いつきません。もしかしてこれから生まれるのかもしれません。

 今ちょっと思ったのですが、ブルータス的なもの、クウネル的な感覚がもう古いというわけじゃありません。そういうのはずっと続くと思います。じゃないとbar bossaも閉めなきゃですから。

 で、お店はもう色んなところに出来始めていると思うのですが、bar bossaの近所ですとロス・バルバドスさんとピニョンさんです。

 例えばピニョンさん。ビストロによくありがちな黒板にチョークでメニューを書いてあるのですが、それが日本語と英語で表記してあるんです。普通、日本のフランス料理店は日本語とフランス語で表記するんですよね。で、オーナーシェフの倫平さんに「どうしてなんですか?」と聞いたら「あ、ほんとだ。気づかなかった」という返事なんです。そう、あたりまえですけど日本語と英語で表記するのがみんなに優しいんですよね。そのフラットな感覚なんです。あの〜、誰もイタリア語なんて喋れないのに「ボナセーラ」って日本人同士で言うお店ってあるじゃないですか。あの反対側の発想なんですよね。言葉はいったい誰のためのものか、です。

 あるいはロス・バルバドスさん。ここはアフリカ音楽のお店なのですが、料理はパリから見た視点の地中海、アラブ、アフリカ料理を日本人向けにアレンジしているんです。さっきのボナセーラもそうですが、80年代くらいまでは外国料理は「いかに現地と同じか」っていうのがテーマだったと思うんです。しかし、今となっては現地のものが食べたければそこに旅行すればいいわけで、そんなものよりも「誰かの視点」でアレンジされた料理(音楽でも可)を私たちは欲しがっているんです。

 2010年代のことを何だか偉そうに語ってしまいましたが、どうでしょうか。音楽は他にも私がチェックしていない10年代的なアーティストがいっぱいいそうですね。教えてくれると嬉しいです。あ、10年代の食材はハーブとスパイスと豆だと思います。豆はフムスとかファラフェルもありです。

 最後に宣伝です。11月3日に映画上映会をやります。甲斐田監督による、中島ノブユキのメランコリア制作ドキュメンタリーです。映画は1時間弱で、他に中島ノブユキのお話もあります。ちなみに入り口で中島ノブユキに色んな質問を書いてもらって(恋愛問題でも可)、それに中島ノブユキに答えてもらうという企画もあります。詳しくはこちら
posted by ベーマイストレス at 13:00| Comment(0) | ブログ