2009年06月09日

ダブルレインボウ

bar bossa 林 伸次 http://barbossa.com

 なっちゃんが「起きて!起きて!」と大騒ぎしているので目が覚めた。

 なっちゃんは私が飼っている犬の名前だ。オスで5才。犬種はパピヨンだ。

 パピヨンはマリー・アントワネットが飼っていて、彼女と一緒にギロチンで殺された犬として有名だ。その逸話でもわかるようにこのパピヨンという犬種はヨーロッパの宮廷でただ可愛がられるためだけに作られた。

 パピヨンは小さくて毛もフワフワしていてとても愛らしいのだが本人(本犬?)は自分はとても大きくて獰猛な犬種だと勘違いしているらしい。そしてなっちゃんも実際そういう面が多々ある。

 なっちゃんが「早く!早く! 誰かに先を越されちゃうよ」とうるさい。何だろうと思って窓を開けると虹が二重にかかっている。ダブル・レインボウだ。

 そうか、なっちゃんはあの話しのことを言っているんだ、と私は気付いた。ダブル・レインボウが見えたとき、その虹の始まるところに一番最初に到着した人は願い事がかなうという話しは有名だからみなさんもご存じだろう。

 やれやれ、なっちゃんはまだ小さいからあんな話しを信じているんだ。

 私が窓を閉めるとなっちゃんが「さあ支度して! 出発だよ」と言ってくるくると回っている。私は仕方ないな、まあここからダブル・レインボウを見る限りそんなに遠そうにもないので散歩がてらに連れていってやるか、と支度を始めた。

 家を出るとなっちゃんは道すがら
「ねえ、どんな願い事をするつもりなの?」と聞いてきた。
「願い事なんてないかな」と私は答えると
「ええ! 何か欲しいものとかないの?」と聞く。
「俺、物欲ってないし」と私が答えると
「レコードとか本とか欲しいんじゃないの?」となっちゃんが言う。

「うん、これは大切なことなんだけどね、レコードとか本はちゃんとお店でお金を出して買わなきゃいけないんだ。

このお店良いなあと思ったら『ずっとお店続けてくださいね』という気持ちでお金を使う。このアーティスト良いなと思ったら『次の作品も期待しています』という気持ちでちゃんと買う。それが大人のルールなんだ。

まあいわば消費活動はある種の投票行為ということかな。不買運動という政治行動もあるけど、逆に『お金を使う』という積極的な政治行動も存在するんだ。わかるかな? 

だからある日神様がたくさん本とレコードをくれても俺はちっとも嬉しくなんかないな」と私は言う。

「ふーん、じゃあさ、もっとルックス良くなれば。バーのお客さん増えるかもよ」
「あのさ、俺はねかっこ良くないからお客さんは来るの。これがすごくかっこ良かったりするとみんな来ないの」

「そうか。じゃあさ、世界平和とかどう?」
「世界平和は素晴らしいけど、やはりそれは我々人類がひとつひとつ話し合って知恵を集めて勝ち取るべきものだと思うんだ。ある日突然神様に平和にしてもらっても意味はないと思うんだ」と私は言う。
「ふーん、願い事がないなんてつまんない人生だね」となっちゃんがわかったようなことを言う。

 そんな話しをしているとやがて目の前に虹の始まりが見えてきた(本当は途中で手紙を食べてしまった黒ヤギさんに出会ってみんなでその後の対策を考えたりしたんだけどその話しをすると長くなってしまうので省略)。

 虹の幅は意外と広く3メートルくらいはあった。なっちゃんが大喜びで虹の始まりに向かって走っていった。なっちゃんが「一番!」と言いながら虹に飛びついた。しかしもちろん虹に直接触れることは出来ず、そのまま虹の向こう側にストンと落ちてしまった。なっちゃんはとても不思議そうな顔をしている。

「なっちゃん、虹って色が付いているけどただの光だからさわれないんだよ」と私が言うと
「そんなことないよ。昔、絵本で虹の橋を動物達が渡っているのを見たもん」となっちゃんが悔しそうに言う。
「なっちゃん、あれは絵本だから作り話なんだよ。でもほら、これは現実だから虹はただの幻なんだ。虹は本当はここには存在しないんだ」
「何言ってんだ。虹はここにあるよ。存在するよ」と言ってなっちゃんは帰り道を歩き始めた。

「ところでなっちゃん、願い事は何にしたの?」と私が聞くと
「ヒミツ」と言う。
「どうせ、エサをもっとたくさん欲しいって言ったんでしょ」と私が言うと
「どうしてわかったの?」と不思議そうな顔で言う。
「そんなわかるよ、誰だって」と私は答えた。

 後ろを振り向くとダブル・レインボウはもう消えていた。今日は暑くなりそうだ。

              ●

 アントニオ・カルロス・ジョビンが書いた「ダブル・レインボウ」というとても美しい曲があります。この曲はポルトガル語詞だと「バラに降る雨」となりインスト曲だと「チルドレンズ・ゲーム」というタイトルになります。「林が書くのはいつも重すぎる」とよく言われるので今回は「ダブル・レインボウ」というタイトルを借りて可愛いファンタジーものを書いてみました。あ、なっちゃんは上の写真です。散歩していると必ず一回は道行く人に「可愛い!」と言われます。次回は「チルドレンズ・ゲーム」で書いてみます。

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 すごく個人的な宣伝をひとつ。作家で翻訳家の西崎憲さんが企画する同人誌に短編小説を応募したら採用されました(あの、結構お褒めいただきました)。興味のある方は読んでみて下さい。ちなみにこの同人誌には穂村弘フジモトマサルも参加する予定だそうです。
 ええと、本に何にも興味ない方は知らない固有名詞ばかりでなんのこっちゃって感じでしょうが、この人たち、現在の日本の本の世界では一番面白いシーンを作っている人たちなんです。そこに私も参加できたというのが嬉しくてちょっと宣伝でした。
 あ、ちなみに小説は自分なりに「戦争や殺すことの醜さ」のようなものをテーマに書いたつもりなのですが、すごくイヤな気持ちになるかもしれません。お気をつけ下さい。
posted by ベーマイストレス at 12:50| Comment(0) | ブログ
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